雛壇アーキテクチャー

雛壇つくるぜ

「ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち」観てきた

■総評
90点/100点。一言で観た直後の印象をいうと、悲しいウルフオブウォールストリートのような映画。
観た時点では上映館がそもそも少なくなっていたので混んでいた。年齢層は高めで40代後半以降の人が半分以上だったのでは。20代っぽい人はチラホラ程度。
観客の反応としては、主にアントン役の役者さん(アレクサンダー・スカルスガルトさん)のお芝居に対するリアクションが良く、笑い声が上がっていた。0.016秒を実現したときのコロンビアポーズのときには、私も声を出して笑った。
音楽もシーンとマッチしていて非常に良かった。
ウルフオブウォールストリートは3回くらい観たが、ハミングバードプロジェクトは重いので何回も観るのは辛い。
公式サイト→ http://www.hummingbirdproject-movie.jp/

以下、ネタバレ注意。

■あらすじ
リーマンショック後の米国証券取引において、どうやら超高速株取引というものが行われており、1ミリ秒(0.001秒)速い通信を整えて株取引をすることで大儲けする、ということがまかり通っていたらしい。

超高速取引で設ける、と言われてもピンとこなかったので自分なりに調べたところ次のような内容だった。

 

0.大口で何等かの銘柄を買おうというニーズが市場のどこかにある、という前提

1.超高速業者が、小口の売り注文をとある取引所(以下「A取引所」とする)に出す(エサ)

2.大口で上記銘柄を買いたい者(カモ)がA取引所を含めた他の取引所(以下「取引所B」、「取引所C」、「取引所D」とする)にも同じ銘柄で買い注文を出す

3.この買い注文には(仮に)0.5秒必要

4.ここで、超高速業者が、A取引所で上記買い注文を(これも仮に)0.2秒で受けた後、直ちに他のB~D取引所に0.2秒で売り注文を出す(これも仮)。

5.このときの売り価格は少し高めに設定する

6.そうすると、通信速度の速さを利用して売買が他の業者よりも速く成立するのできっちり儲けることができる


あとはこれを繰り返して利益も蓄積させていく。

この超高速取引で絶対に必要になるのが、どこよりも速い通信設備である。
このどこよりも速い通信を実現するためにクレイジーな挑戦をする主人公たちの戦いが描かれる。

以下、さらにネタバレ注意。

■エンタテイメントを楽しむためにはインプットが重要
思い返す度にどう仕事をしようかとか、どう生きようかとか考えるきっかけになる本当にいい映画だった。いい映画だったが、前提となるインプットが必要だった映画なのでその点について最初に書いておきたい。

まず、前述した超高速株取引の内容だが、劇中での説明はほぼなく、なぜ速度を上げると大儲けできるのかはすぐに理解はできなかった。アントンがウェイトレスに仕事の説明をするシーンや冒頭でヴィンセントが投資家と思われる男性に説明をするシーンで「タイムマシンで少し先の宝くじの当選番号をみてから宝くじを買うようなもの」と説明をするくらいだったように記憶している。ド素人への説明としては下手としか言いようがないがアントンだから仕方ないという気分になるし、ヴィンセントが説明したら何となく納得できそうな気持になりそうになるのでOK。

とはいえ、超高速株取引でどうやって儲けるのかについては、何等かの説明が欲しかったところであるが、これも日頃から社会で起きていることをインプットしていなかった怠惰な日々の結果としてそう思ってしまっているのかもしれない。

また、超高速取引が上記のロジックで儲けを生むものだとすると、どの銘柄を事前に保有しておくべきか、どのタイミングで買い注文が出てくるものなのかなど把握しなければならないので、それぞれの領域の専門家がいなければならないのだが、ヴィンセントたちの会社にはトンネル掘削のプロはいるがトレーディングのプロはいないように見えた。

高速通信を超高速取引の会社に売ることを想定しているのかもしれないし、ちゃんとリクルーティングしていたのかもしれないが、そこらへんは描かれていないのでよく分からなかった。

分からないという言葉を連呼してしまったので不満があるようにも読める文章になってしまったが、不満があるわけではなく、むしろ「時間」というこの映画のメインテーマに集中するためにこのあたりのディテールを省略したのだろうと納得している。

■観賞中、ヴィンセントたちが勤めていた会社の業種がよく分からなかった
必要な前提知識がない状態でみると、ヴィンセントやアントンが勤めていたのは通信会社なのかな、と思っていた。ただ、それにしては株の取引をやたらとガチでやっているなぁと思っていたので自分自身で理解できていないことを自覚できた。
超高速取引のことを知ってからようやくエヴァたちの会社が株取引をメインでやっていること、超高速の通信を実現するための設備を整えることがどれだけ重要なのか理解できた。

■それでもいい映画
上記のように「ハミングバードプロジェクト」は前提になる知識がないと腑に落ちないことがあると思われるが、それでも我々観客の心にしっかりと爪痕を残した。以下にいくつか残った印象を書いておきたい。

■やっている仕事の内容は客観的に見つめよう
プロジェクトの見極めが甘い、競合の強さを甘く見た、など教訓になることがいくつかあった。天才CTOとして変にチヤホヤし過ぎるとアンタッチャブルになって軌道修正も難しくなる、ということも教訓の一つである。
そもそも0.017秒を0.016秒にすることよりもマイクロ波による通信で圧倒的に速くなる(たしか0.007秒?忘れた)の方が技術として優れいている、つまりプロジェクトとしてのアップサイドが大きいことは間違いない。そういった点でも自分たちのプロジェクトを過大評価していたように思われる。こうしたポイントは投資家への説明が甘くなることに直結し、結果として投資家からの信頼を失わせることとなる。
ちなみに、終盤で入院したヴィンセントに投資家が詰め寄る場面があるが、あの行為は投資家として最低だ。ヴィンセントからの説明や自分自身で実施したであろう調査を経て自らの意思で決断して投資をしているにも関わらず、結果が残せなかったことで起業家を責めることは非常にダサい。どれだけクレイジーな計画なのかは誰の目にも明らかだったはずだ。それでもリスクを取ったのは彼なのだ。悪い言い方をすると欲の皮を突っ張らせたことによる自業自得なのだ。
とはいえ、気持ちはよく分かる。マイクロ波での通信では比較にならないレベルで速度が上がってしまったのだから、やられた感が大きいのである。

ただ、このようにプロジェクトとしてのわきの甘さを踏まえても、ヴィンセントは自らの病状も踏まえて1回きりの勝負で結果を残そうという決断をしたのだから、ここで突っ切ることは一つの選択としては気持ちは理解できる話だった。

話を戻す。このプロジェクトのコアはアントンの技術、天才的な頭脳だった。ゆえにアントンにはストレスのない環境で仕事できるようプレジデンシャルスイートに缶詰にしてコードを書かせるということもするのだが、結果的に0.016秒を実現するのはアントンのコードでなく、ジェネレータをめいいっぱいの間隔で使うことであったあたり、客観的にみると誰にでもできる話だったので、プロジェクトとしての客観的価値が決して高くなかったのだろうといわざるを得ない。ここに早く気付くことが出来ていたらヴィンセントも命を失うことはなかったかもしれない。

■わずかな時間に人が燃え上がるマトリョーシカ構造
カンザスからNYまでを直線で繋ぐ光ファイバーで超高速通信を実現するためのプロジェクトが開始した後で、主人公のヴィンセントがステージⅣの胃癌になっていることが発覚する。

発覚した時点で数年間治療に専念すれば事業としては頓挫することは確実だったが、再起はできた可能性が高い。他方で、治療をしないで突っ走り続ければもしかすると大勝できるかもしれない。そういう状況だった。

その中でヴィンセントは治療をせず最短距離で自らのプロジェクトを実現させるという選択をした。結果的には元々いた会社に先を越され、プロジェクトは失敗に終わるのだが、ヴィンセントはその数か月を文字通り必死に生きる。
もうこれが人生最後の仕事なのだとばかりに投資家にも莫大な金額の追加出資を求め、無茶にケーブル設置工事を進めていくが、プロジェクトは結局失敗し、自らの胃癌も手遅れとなる。そのヴィンセントの姿には、ごく短い時間に詰まった成功への想いの強さとその想いを燃やし尽くす凄みがある。
映画の後半に入ってから、マッサージ店に入ったヴィンセントがマッサージを受けながら泣いてしまうシーンがある。どんどん悪化していく病状への不安やそれを周囲に言えない恐怖とプロジェクトがうまくいっていないことへのストレスが涙となって現れたのだと思うが、そのシーンの中でもプロジェクトは炎上し、すぐに燃え盛る戦いの場へ呼び戻されてしまう。無理矢理に。
ヴィンセントが自らを省みる時間を持つことすら許されず、0.001秒を縮めるためのプロジェクトにすべてを吸いつくされていっていることを象徴するかのようなシーンだった。

そのヴィンセントは株取引の通信において0.001秒を縮めることに命をかけ、このわずかな時間の短縮にヴィンセント、アントン、投資家、そしてエヴァなどの競合が必死になる。
このプロジェクトの中でヴィンセントが限られた短い命を燃やし尽くしていたというのは、「人が短い時間のために必死に生きる」という意味で入れ子構造になっているようで文学的だった。

最後にアントンがヴィンセントに投げかけた言葉でヴィンセントはようやく救われたのではないだろうか。

あしたのジョー矢吹丈のように真っ赤に燃え上がることを一人きりで肯定し切れる人間はそうはいないのだろう。

■ラストシーンがとても良い
なお、超高速の株取引で確実にマーケットからお金を巻き上げる、というのはアコギなことで、主人公たち(というかこの映画の製作陣)はそこに罪悪感を感じないのか、と憤る考えもあろうかとは思うが、そこはアントンと会話をしたバーのウェイトレスが株式市場での盛り上がりがごく一部のマネーゲームに過ぎないことを指摘し、それを受けたアントンが真面目に受け止めて、ニュートリノ通信でウォール街を牛耳ることができたらウォール街を燃やし尽くしてマシュマロを焼くと言っており、重要な問題だと認識はしている。

実際、ラストシーンは最先端の超高速株取引とは対極にあるアーミッシュ(と思われる人たち)にも謝罪し、彼らにも受け入れられる。このラストは映画全体のバランスをとるために大事なシーンだったし、こうやって映画としてはバランスがとれてもヴィンセントは亡くなってしまうだろうという現実の悲しいハードボイルドさも感じられた。

ワンサイドな描き方にはなっておらず、そういう意味でも現実感のあるいい映画だった。

こうしてつらつらと書きながら振り返ると、あらためて非常に良い映画だった。100点だ。
冒頭で90点と書いたな。スマン、あれは嘘だ。