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ソニック ザ・ムービー(吹替版)観てきたよ

■総評

以前から家族と観ようと約束していた『ソニック ザ・ムービー(吹替版)』観てきたので、劇場で映画を観ることができる喜びとともに感想を書く。ミッションインポッシブルシリーズの感想を書く予定だったが、予定変更だ。

https://sonic-movie.jp/

映画のターゲットはおそらく小学生くらいのお子さんとそのご家族かなと推測される内容だったが、実際に劇場に来ていたお子様は皆さんとても喜んで観ていた様子だったので、完全に大成功と言ってよいと思った。結論だけ書くと90点/100点。

 

ちなみに原作となるゲームをプレイしたことはなく、映画を観た後でネット上の情報をみてから知ったこともあった。そのため、原作ゲームのファンの方がこの映画を観てどういった感想を持つのかということは予測できないが、この映画だけを観て思ったことだけを書いておきたい。(以下、ネタバレ注意)

 ■キャラクターと役者さんたち

 役者さんたちのお芝居、音楽、映像はとてもよかった。

 ソニックというキャラクターは、超スピードで動き回る運動能力がそのまま性格に反映されたようなめちゃくちゃせわしない性格なのだが、おそらく人間でいうとローティーンなのかなという印象を受けた。

 ちなみに映画の開幕部分でいきなり敵のロボトニックに追跡されるシーンから始まるのだが、このときナレーションでソニックが「どうしてオレがコイツに追われてるかって?それはな…」と説明して時間が巻き戻る形で物語が始まる。この「どうして●●かって?それは…」という米国産の映像作品でよく見るテンプレは、ちょっと気の利いたティーンエイジャーの語り口そのもので、ソニックもその例に漏れず、気の利いた10代のとても元気な子ども、というイメージを受けたのだと思う。(やたらと動き回るからハイティーンではないと思う。)

 さて、ソニック役の中川大志さん(auの「細かすぎだよ細杉(コマスギ)くん」の演者さん)のお芝居もとても良かった。ソニックのせわしなさと子どもっぽさをしっかり表現しきれていたのではないだろうか。

 また、ジム・キャリー演じるロボトニックはこの映画で最高の見どころを提供していた。そもそもジム・キャリーが出演するということがこの映画を観に行く最大の理由だったので、現在57歳のジム・キャリーが『マスク』や『ライアーライアー』の頃と少しも変わらない、いやむしろキレが増しているようにすら見えるお芝居を観ることができて大満足だった。

 言うまでもなく吹き替えの山寺宏一さんのお芝居は完璧で、ジム・キャリー山寺宏一さんの区別がつかなくなる現象に陥ったのはこれまでの名作と同様であった。ジムキャリー大好きマンとしては、こんな最高のジム・キャリーが劇場のスクリーンに出た時点で100億点と言ってもよいであろう。

 

■メカニックも良かった

 ストーリーはおおよそ次のような内容だ。

 宇宙のどこかで平和に過ごしていたソニックは、自身のもつスーパーパワーを狙われることから逃げるために地球にやってきて平和に過ごしていた。

 しかし、誰からも狙われないよう隠れて生活していたため孤独を募らせ、人間たちにスーパーパワーの存在がバレそうになったことが発端となって、悪の天才科学者ロボトニックに狙われることとなった。

 そのためソニックはロボトニックから逃げるのだが、うっかり見つかってしまった街の保安官トムと一緒に逃亡することとなる。

 

 このロボトニックの追跡では、様々なスーパーメカニックが登場するのだが、それらのデザインや動き、しつこさなどは大人が見ていてもワクワクするようなおもしろさがあった。結局ソニックの動きの方が圧倒的に速いのでメカニックそのものは基本的にはついていけないのだが、一見破壊されたように見えても次から次へと手を変えて追跡してくるメカはもはや生き物のようで妙な愛着すら感じてしまいそうな印象をもった。

 

■トムのキャラ

 ざっくりとしたストーリーはおおむね上記のとおりで、トムがソニックと一緒に行動する理由は、ソニックの姿を見て驚いた余りに動物用の麻酔銃をソニックに撃ってしまい、ソニックが別の世界に移動するためのリング(=超重要アイテム)を別空間(サンフランシスコの高層ビルの屋上)に落としてしまったからその罪滅ぼしに、というものだった。

 そもそもトムがグリーンヒルの動物にも人にも優しい保安官というキャラだったこともあり、見たこともない宇宙ハリネズミにうっかり麻酔銃を打ち込んで安全な世界への逃避行を邪魔してしまったつぐないとして一緒に行動することはとても腑に落ちるのでこのあたりは特に問題なかった。

 むしろ、バケツリストのことをソニックに教えて、ソニックのやりたいことに付き合う様はまさに親子のようで、トムがソニックの孤独を本質的に癒してくれる良い父親的な存在として描かれていたのは率直にソニックがうらやましいとすら感じるシーンだった。

 

■ストーリーの詰めですかね

 ただ、いくつか気になる点はあった。

 なお、念のために言っておくが、気になる点はあっても、本作は結論的には100点中90点の映画なのだ。それを念頭において以下を読んでいただきたい。

 

 まず、トムの婚約者(?)のマディのお姉さんがなぜトムをあそこまで嫌っていたのかが分からなかった。トムがダブルワークをしながらマディの学費を稼いでいたことや二人の関係を知っていれば姉妹ならば応援こそすれ、あそこまで嫌うのには何等かの強烈な理由が必要だと思われたがそういった理由の描写はなかったように思われる。

 

 また、作中でトムは逃亡中に凶悪テロリストとして報道されてしまうにもかかわらず、立入禁止の高層ビルの屋上にも「保安官の権限を使ってやるさ!」と爽やかに言って受付の女性に保安官の手帳を見せてセキュリティカードを普通に受け取っていたが、「え?世間的にあなたは凶悪テロリストですけど…」という気持ちはぬぐえなかった。「俺は凶悪テロリストだから、マディを人質にとって屋上まで行けるセキュリティカードをもらってやろうぜ!」ならまだ納得できたのかもしれない。

 

 さらに、トムがサンフランシスコからグリーンヒルに飛ばされた際に現れた牧場のおじさんも呑気に「おぉ、トム、ちょうどよかった、仕事を手伝ってくれんか」などとのんびりした対応をするのだが、世間的には凶悪テロリストのはずでは?という疑問は脳裏にさらに強くこびりついた。まぁグリーンヒルはのんびりした街であることは間違いないのだけど。

 ここから派生する疑問として、最終的にグリーンヒルの住人のみんなの前でロボトニックをやっつけた場面で、トムの同僚(後輩?)保安官が「ほらほら、解散だ!宇宙ネズミとロボットの闘いなんて珍しくもなんともないだろ!」と言ってみんなを帰宅させるシーンで住人のみんなも素直に帰宅するのだが、ソニックのことを『青い悪魔』と呼んでいたあのおじいさんは絶対にトムからソニックのことは聞いていないのでは?としか思えなかったし、そういった状況でみんなが素直に解散して帰宅するってどんだけ牧歌的な街なんやとも思わざるを得なかった。

 

 他にもトムの婚約者(?)のマディの職業が獣医というのもソニックの治療をさせるための設定にも見えたりという細かい点で気になる点はいくつかあったが、一番気になったのは、ラストシーンでソニックがトムの飼い犬に対して発する台詞で「トムの動物の親友ナンバーワン」になったことが窺えるところだ。厳密には、トムの飼い犬に対して「お前はトムの動物の親友ナンバーツーだな」という台詞で、ソニックがナンバーワンになった、ということを示唆する場面だ。

 バケツリストの中でも最もソニックの本気度が強い親友を作るという願いに対して、動物の親友ナンバーワンという形で着地してしまったのは、ソニックが気の毒だとしか思えなかった。屋根裏とはいえ、同じ家に住んでるし、洞窟の家具もそろえている時点でトムが本当にソニックのことを大事に思っていることは表現されているのだから、ナンバーワンかどうかは別として普通に親友(もしくは大親友とか)でよかったのではないかと思わずにはいられなかった。

 ソニックがピンチに陥ったのはソニックの孤独感が根本的な原因であって、ソニックが苦しむシーンを冒頭で見た観衆としてはそこが解決されないと同じ悲劇が起こるのでは?という心配が先に立ってしまった。

 

 しかし、何度でもいうが、この映画は劇場に来ていたお子様がとても喜んでいたこと、ジム・キャリーがスクリーンでキレキレのお芝居を見せていたこと、ロボトニックがキノコの世界でも元気に生きていて原作ゲームのキャラデザ(主に頭髪)になっていたこと、ソニックがかわいいこと、これらの理由で100点の映画である。

 凶悪なテロリストと報道された点については、政府筋の人が「も~う、ロボトニックったらやりすぎ!名誉回復してあげなきゃ!」と思って、打ち消しの別の報道を流していたけど作中でそれが出なかっただけの可能性もあるし、グリーンヒルでの最終決戦前にトムは街のみんなにソニックのことを説明していて、街のみんなもトムのいうことなら全面的に信用できるということで納得していたけどそれが映画の尺の都合で描かれなかっただけだと思う。

 動物の親友ナンバーワンというのは、ダイレクトに親友になったということに照れが出たソニックが即座に犬に対して「お前が動物の親友ナンバーツーだ(俺がナンバーワンだ)」という台詞を使ったというに過ぎず、本心はもちろん親友だと思っていたのだ。だってソニックの心はティーンエイジャーなのだから、照れがあって当たり前だ。決して表面的な台詞だけをみてはいけない。

 

 ということでこの映画は100点。90点と言ったのは間違いだ。異論は認める。